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東京地方裁判所 昭和54年(モ)16507号 判決 1980年10月31日

申立人 田中博泰

申立人 田中美知子

右両名訴訟代理人弁護士 布留川輝夫

被申立人 株式会社 飯田産業

右代表者代表取締役 飯田一男

右訴訟代理人弁護士 赤井文彌

同 船崎隆夫

同 生天目厳夫

同 岩崎精孝

主文

申立人らの本件申立はいずれもこれを却下する。

訴訟費用は申立人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申立人ら

債権者被申立人、債務者申立人田中博泰間の東京地方裁判所昭和五四年(ヨ)第七三八九号不動産仮処分申請事件および債権者被申立人、債務者申立人田中美知子間の同裁判所昭和五四年(ヨ)第七三九〇号不動産仮処分申請事件について、同裁判所が昭和五四年一〇月二四日になした仮処分決定は、いずれもこれを取り消す。

訴訟費用は被申立人の負担とする。

二  被申立人

主文同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  被申立人は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)を旧所有者田中萬季から競落によりその所有権を取得したが、賃貸借取調当時、別紙添付図面(一)の二階赤斜線部分は空室であり、三階赤斜線部分のうち三〇三号室は森崎洋子が、三〇八号室は田中萬季が各占有していたものをその後申立人田中博泰が右各赤斜線部分を不法に占有しており、また、別紙添付図面(二)の赤斜線部分は田中萬季が占有していたものを、右賃貸借取調後、申立人田中美知子がこれを不法に占有しているので、本件建物の所有権に基づき申立人らの右各占有部分の明渡請求権を保全する必要があると主張し、申立人らを債務者として当裁判所に対し、同裁判所昭和五四年(ヨ)第七三八九号、同第七三九〇号不動産仮処分申請をなし、同裁判所の昭和五四年一〇月二四日付の「債務者らの別紙物件目録の建物部分に対する占有を解いて、東京地方裁判所執行官に保管させる。ただし、この場合においては、執行官は、その保管に係ることを公示するため、適当な方法をとらなければならない。」旨の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という)を得て、その頃その執行をなした。

2  しかしながら、右仮処分決定については次のような特別事情が存する。すなわち、

(一) 被申立人の被保全権利は所有権に基づく建物(部分)明渡請求権であって、本案訴訟の結果被申立人が勝訴判決を得ても、その間に蒙る損害は家賃相当の損害金により十分に填補することが可能である。

(二) しかるに、申立人田中博泰は、その妻である申立人田中美知子と娘と共に本件建物部分(別紙添付図面(一)の赤斜線部分)に居住し、三階三〇八円号室を申立人ら夫婦の居室に、三階三〇三号室を高校三年の娘の居室に、そして、二階部分を実母等の家財道具の収納場所として使用し、本件建物部分を申立人らの生活の本拠としていた。

のみならず、申立人田中博泰は、本件仮処分執行がなされる前に、本件建物の一階部分(別紙添付図面(二)の赤斜線部分)を借り受けてスーパー業務を営んでいたものであり、右業務は仕入と販売に関し継続的な信用と顧客を前提とする日常業務を本質とし、かつ、顧客の毎日の需要を前提とする競争の激しい業界であるから、本件仮処分執行により右業務が長期間にわたり中断することは、その営業活動にとって致命的結果となり、金銭的補償によっては到底回復不可能な異常な損害を蒙ることになる。

3  よって、申立人らにおいて、保証を立てることを条件として、本件仮処分決定の取消を求める次第である。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1は認める。

2  同2(一)のうち、被申立人の被保全権利が所有権に基づく建物(部分)明渡請求権であることは認め、その余は争う。

3  同2(二)のうち、申立人田中博泰が本件建物部分(別紙添付図面(一)の赤斜線部分)を占有していたことは認め、同申立人が本件建物一階部分(別紙添付図面(二)の赤斜線部分)を賃借してスーパー業務を営んでいたことは否認する。

三  被申立人の主張

申立人らは、本件仮処分の本案訴訟において本件建物の占有権原についての立証ができなかったため、昭和五五年七月三一日東京地方裁判所において被申立人勝訴の本案判決が言渡された。よって申立人らの本件申立は理由がない。

四  被申立人の主張に対する申立人らの反論

申立人らは、被申立人主張の本案判決に対し、東京高等裁判所に控訴を提起した。従って右本案判決は未確定であるから本件仮処分決定につき、前記のとおり特別事情が存する以上、これを取り消す必要性がなお存在する。

なお、申立人らは昭和五五年七月一七日午後一時の本案訴訟の口頭弁論期日において、申立人らの占有権原についての主張・立証をなさんとしたが、申立人ら代理人が約一五分遅れて出頭したため右期日において結審され、弁論再開の申立も却下されたものである。

第三疎明関係《省略》

理由

被申立人が申立人らを債務者として、当裁判所に対し、本件建物の所有権に基づく明渡請求権を保全するためその主張の各仮処分申請をなし、同裁判所の昭和五四年一〇月二四日付の、被申立人主張の内容の本件仮処分決定を得て、その頃その執行をなしたことは当事者間に争いがない。

ところで、被申立人の、申立人らに対する本件仮処分の本案訴訟において、東京地方裁判所が、昭和五五年七月三一日、被保全権利である、本件建物の所有権に基づく明渡請求権を認容する旨の、被申立人勝訴の本案判決を言渡したことは当事者間に争いがない。そうすると、右事実は、本件仮処分決定の存続の正当性を裏付ける有力な事情というべく、従って、右本案判決が上級審で取り消される虞があると認めるに足る特段の事情がないかぎり、申立人らの特別事情による本件仮処分決定の取消申立は、特別の事情の有無を判断するまでもなく、却下を免れないものというべきである。

そして、右本案判決が上級審で取り消される虞があると認めるに足る特段の事情については、本件全疎明資料によってもこれを認めることはできない。すなわち、右本案判決は、申立人田中博泰が昭和四一年四月五日、被申立人の前所有者田中萬季から、本件建物部分(別紙添付図面(一)の赤斜線部分)を賃借した旨の抗弁を排斥したものであるところ(この事実は当事者間に争いがない)、同申立人は、本件において、右主張事実に符合する疎甲第二号証(建物賃貸借契約書)を提出するけれども、本件疎明資料によれば、同申立人と田中萬季とは親子関係にあること、執行官による賃貸借取調の際、右契約書は提示されていないことが認められ、この事実に徴すれば右疎甲第二号証は極めて証明力に乏しく、ほかには同申立人の右主張事実を認めるに足る疎明はない。(なお、申立人田中美知子は本件建物部分(別紙添付図面(二)の赤斜線部分)の占有権原につき主張・疎明をしない。)

そうすると、申立人らの本件申立は、特別事情の有無について判断するまでもなく、却下を免れない。よって本件申立はいずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松村雅司)

<以下省略>

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